ファイナルファンタジーV アドバンス
キャラクターはプレイヤーの器でなければならない。この必要不可欠な要素を、現在のRPG製作者達は忘れてしまっているのではないだろうか?映画のよう?グラフィックが綺麗?個性豊か?一体それがRPGのどれだけ重要な要素だっていうんだろうか?それは、あくまで補充的要素でしかないのではないだろうか?そんなことばかりが全面的に押し出されたRPGだから、一度プレイして飽きた、売る、中古品買えばいいや、とかになるのではないだろうか?ストーリーも紆余曲折のし過ぎで、物語の真の目的が霞んでしまっているし、最悪、目的変更なんてのもありえる…。そんなんだから、何のために仲間が集結したのか、主人公達が何故物語の歯車として生きているのかがわからなくなってしまっている。ただの寄せ集めの仲間。過去がキャラクターの個性なんてのは飽きれてものがえいえない。物語と何の関連もない。ただ、その人はそういう人なんだでお終い。結局、感情移入どころかただの廃人がたまたま物語りを徘徊してしまっている…。関係のない町人が物語を見ている、といったような情けない視点で傍観しているに過ぎないことになってしまっているのではないだろうか…。映画とゲームは違うということをはっきり区別しなければならないと私は思う。映画のキャラクターはプレイするものではない。ゲームのキャラクターはプレイヤーがプレイして魂を入れて、器と魂が化学反応を起こして、一つの主人公が形成されていくものではないのか?製作者、プレイヤーが共に個性のある主人公を作っていくのではないのか?世界もこうですと全く創造をもたせる不透明さがないのも問題ではないのか?よき時代のRPGをもう一度プレイしてみてはいかがだろうか?
FFV懐かしいですね。SFC版のFFVをプレしていて、さっさとラスボスを片づけてエンディングムービーを見たくなり、「究極の裏技」を使ってラスボスを倒した記憶があります。^^;
GBA版でもこの技が使えるかどうか分かりませんが、それをやってしまうとラスボス戦の楽しみが大幅に失われるので、GBA版を購入してプレイするなら裏技無しでクリアしたいと思ってます。
このFFVにも、もちろんラスボスよりも強い(有名な)ボスがいます。
それにもチャレンジしたいな...。
あと、やはりVといえば「ギルガメッシュ」は欠かせない存在です!
FFXIIでも「彼」の名前が出てきて、あの曲が聞けた時には嬉しさと懐かしさで一杯になりました。
でも、やはりおおもとのFFVで「彼」とまた闘いたいです!
PSからのFFファンで、まだVが未プレイの方の中からも、「彼ファン」が増えるだろうな~。